自分の存在に付加価値がないと生きづらく感じる話

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図書館がやっと開館された。大阪は緊急事態宣言が長かった。その間、大阪の図書館はずっと休館。

でも、予約した本だけ貸し出しが可能となったので、取りに行って読んだ本がこちら。

哲学人生問答 17歳の特別教室岸見 一郎(著)

哲学の本は結構好きだけど、私の頭ではよく理解できないことも多い。

洛南高校の卒業生である著書が、自身の母校の生徒に行った特別授業を書籍化したものだ。

知らなかったけど洛南高校ってかなり偏差値が高い高校らしい。そのため、生徒からの質問が高度だなと感じた。

高校の時ってなぜだか自分の存在価値とかを真剣に考えてしまう時期でもある。

「私には何もない」とか、「私なんて生きていても仕方ない」など、誰もが一度は考えたことがあるのじゃないだろうか。

本の中では「生きているだけで人は価値がある」と説いている。そして、自立して自分の人生を自分で生きる方法が書かれている。

人は自分の存在に付加価値が感じられないと、

  • 付加価値のない自分自身を責める
  • 自分に付加価値を付けてくれなかった両親や周りの環境を憎む

このどちらかになる。自分のことが無能で生きている意味がないと思うんだろうね。

でも、付加価値なんてそもそも関係ない。人は商品じゃないから。付加価値なんてなくても存在しているだけでちゃんと価値があると教えてくれている。

高校生には難しいけど、大人でもそれが理解できている人ってあんまりいないと思う。

私のところに来るお客様でも自分に存在価値がないと思っている人がたまにいる。要は、人に認められる部分がないとダメだと勝手に思い込んでる人が結構いるってこと。

人に認められたいと思いながら生きてる人って大変だろうなといつも思う。多分、何をやってもむなしいし、自分のためにやってないから楽しくもない。

「あなたってスゴイね!」「あなたがいるから助かってるのよ!」と声を掛けて欲しいから、それだけのために頑張っている。

けど、ほとんど誰からも認めてもらえない。それが怒りとなって世の中を憎んだりするようになる。

それとは逆で、結構自由気ままに生きてる人の方が人から認めてもらえたりする。本人は「人から認められた」とは思っていないだろうけど。

人に認められたいと思いながらブログを書いてると、それが読み手に伝わって逆に認めてもらえなくなる。だから、好きにジャンジャン書いちゃってください。